あなたは「音楽療法」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持たれるでしょうか。
病院で行われる特別な治療のようなもの。
あるいは、高齢者施設でのレクリエーションのようなもの。
もしかすると、「発達が気になる子にも効果があるのかな?」と感じて、このページを開いてくださったのかもしれませんね。
私自身も最初は、はっきりとしたイメージを持っていたわけではありませんでした。
ただ「音楽には人を癒す力があるらしい」という程度の理解からのスタートでした。
そして実際に、子どもたちと音楽を通して関わる中で、少しずつ自分なりの感じ方が形になっていきました。
音楽療法という言葉との出会い
私は幼い頃から音楽に親しみ、バイオリンを学んできました。
その後、障がいがあるお子さんや、発達が気になるお子さんたちと関わる機会も増えていきましたが、実は当時「音楽療法」という言葉を強く意識していたわけではありませんでした。
どちらかというと、
「バイオリンを弾くことが好きだから一緒に楽しむ」
「言葉を交わさなくても、その子が笑顔になってくれる瞬間が好き」
そんな自然な気持ちで関わっていたように思います。
あとから「音楽療法」という考え方を知り、「ああ、まさに、こういう関わり方に名前があったんだな」と感じたのが正直なところです。
「治すもの」ではないという感覚
音楽療法という言葉を聞くと、「療法」という響きから、何かを治すという印象を持たれることもあると思います。
私自身も、いわゆる診断名として使われる「障害」に関しては、「治るものではない」と学んできたこともあり、
音楽療法が何かを治せるものなのだろうか、と少し不思議に感じていました。
けれど、実際に子どもたちと関わる中で感じてきたのは、
音楽は“何かを治すためのもの”というよりも、
その子がリラックスして、その子らしくいられる時間を一緒に過ごすための手段の一つだということです。
うまくできるかどうかではなく、
その子がその瞬間にどんなふうに感じているのか。
どんな表情をしているのか。
どんな風に音に反応しているのか。
そういったことに目を向けていると、音楽は、ただそこにあるだけの自然なものになっていきます。
私にとっての音楽との関わり方
バイオリンを手にして子どもたちと向き合うとき、私には「こうしなければいけない」という関わり方はありません。
もちろん安全面や楽器の扱いについては大切にしながらも、
その子がどう関わろうとしているのかを見て、その場で応じていく。
音を出すことも、出さないことも。
近づくことも、離れることも。
そのすべてが、その子の表現のひとつ。
何かを感じてくれている結果だと感じています。
音楽があることで、その子のペースや気持ちが、少しずつ見えてくる。
そんな時間を一緒に過ごしている、という感覚です。
このシリーズで伝えていきたいこと
このシリーズでは、「音楽療法」という言葉にとらわれすぎず、
その子と一緒に過ごす時間の中で見えてくることを、少しずつ記録していきたいと思っています。
特別なことではなく、日々の中で起きている小さな変化ややりとり。
その一つひとつが、とても大切なものだと感じているからです。
次回は、音楽があるときに子どもたちにどのような変化が起きているのか、もう少し具体的にお話ししていきますね。
よろしければ、続けてご覧ください。