セカンドバイオリンって、少し控えめな存在に感じることがあります。
前に出ることは少なくて、
どちらかというと、誰かの音を支える役割。
でも、そんな立ち位置だからこそ感じられる楽しさがありました。
音が溶けていく感覚
自分の音が、全体の中にすっと溶けていく。
気づけば、まわりの音と重なって、
ひとつの響きになっている。
「ちゃんと弾かなきゃ」よりも、
「どう混ざるか」を考える時間。
それが、セカンドの面白さでした。
大学オーケストラでのひとコマ
大学オケでは、音楽科の先輩たちと一緒に演奏する機会がありました。
ほとんど練習時間がない中で、
先輩たちは編曲しながら「このフレーズ弾きたい!」と楽しそうに取り合い。
その様子を見ながら、私はというと
「私はここを弾くんだな」と確認するだけ(笑)。
コードや和音のこともよく分からないまま、
ただ自分のパートを守る。
それでも、不思議と音楽はちゃんとまとまっていきました。
目立たないけれど、ちゃんと届いている
市民オーケストラでセカンドバイオリンのトップをしていた頃。
音量もあり、少し芯のある音色のバイオリンに変えた時期がありました。
セカンドは普段はあまり目立ちませんが、
ときどき「ここ、気持ちいいな」と感じるフレーズがあります。
そんな場面で少しだけ伸び伸び弾いていると、
ふとコンサートマスターの視線を感じることがありました。
もしかしたら「少し大きいかな」と思われていたのかもしれません。
でも同時に、
「あ、ちゃんと聴こえているんだな」とも感じました。
誰かに意識される音
別の日、練習前に廊下で基礎練習をしていたとき。
コンマスの方が、じっとこちらを見ていました。
理由は分かりません。
ただ、その瞬間に
「自分の音も、ちゃんとこのオーケストラの一部なんだ」と感じました。
セカンドでも、しっかり存在している。
そんな感覚が、少し嬉しかったのを覚えています。
今につながっていること
今でも、人と一緒に演奏するときは
あえて“セカンドのような役割”を選ぶことがあります。
前に出るよりも、
全体の中でどう響くかを考えるほうがしっくりくることもあります。
音を合わせること、
音を支えること。
そのどちらも、音楽の楽しさのひとつだと感じています。
おわりに
大きな音や目立つフレーズだけが、
音楽の魅力ではないのかもしれません。
小さな音でも、
誰かの音を支える響きでも、
ちゃんと届いている。
もし今、
「うまく弾けない」「目立てない」と感じていたとしても、
それも音楽の中の大切な役割です。
そんな音の重なりを、
少しずつ楽しんでいけたらいいですね。