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正解を知って、その先で自分の音を見つけたい

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バイオリンを弾いていると、

「この曲、こういう弾き方で合っているのかな?」

と思うことがあります。

私は、自由に弾くことを大切にしています。

でも、

「正解なんてなくていい。好きなように弾けばいい。」

と、単純に思っているわけではありません。

むしろ今の私は、

正解を知りたい。

そう思っています。

 

私自身も、専門家から学びたい

「この曲を弾きたい」

という曲があると、知りたくなることがあります。

その曲が生まれた時代のこと。

作曲家がどんな思いで書いたのか。

どんな奏法が、その曲にふさわしいのか。

どこに音楽的な意味があるのか。

そういうことを教えてもらいながら、奏法や曲想を学んでみたい。

そして、その曲を仕上げるために必要な基礎練習も、

「これで合っていますか?」

と専門家に聞いてみたら、きっとたくさんの発見があるんだろうなと思います。

今の私は、これまで習ってきたことや、自分が様々な機会に身につけてきたことを頼りにしながら、自分なりに曲と向き合っています。

それでも、

「もし専門家に教えてもらったら、どんなことを知ることができるんだろう?」

と思うことがあります。

きっと、

「そうだったのか!」

という発見が、たくさんあるのだろうなと思います。

だから私は、正解を知りたいのです。

 

今の私は、これまで身につけたものを使って弾いています

今、人前で弾くための曲に取り組むとき、私はこれまで習ってきたことや、自分が様々な機会に身につけてきたことを頼りにしながら、自分なりに仕上げています。

曲想や、その曲に適した奏法を専門家に改めて教えてもらうことなく、過去に使った同じ作曲家の楽譜を見返してみたり、改めて作曲家や曲について調べたり、自分で試行錯誤しながら仕上げているのです。

それも私にとっては、今できる大切な音楽です。

でも、

「もし専門家に教えてもらったら、どんなことを知ることができるんだろう?」

と思うことがあります。

きっと、

「そうだったのか!」

という発見が、たくさんあるのだろうなと思います。

だから私は、正解を知りたいのです。

 

「正解」を知ったうえで、自分なりに弾いてみたい

そして、ここからが、私の「自由」な部分です。

音楽の専門家が導き出す正解を知ったら、それをそのまま再現するだけで終わりにしたくはありません。

正解を知ったうえで、

「私はここを、こんなふうに感じる。」

「この音には、こんな思いを乗せたい。」

と、自分なりの感じ方を加えて弾いてみたい。

そんなふうに思っています。

もちろん、作曲家の意図や、その時代の音楽を知ることは大切だし、その上で演奏してはじめて作曲家への敬意も表現できると思います。

専門家から学ぶことで、自分が気づけないことはたくさんあります。

だからこそ、まずは知りたい。

学びたい。

そのうえで、自分の中に取り込んでいきたいのです。

 

作曲家の思いを、完全に知ることはできない

でも、どれだけ学んでも、私にはどうしても分からないことがあります。

その曲を作った人が、何百年も前の時代に生きていたとしたら、

「この音は、こういう気持ちで弾いてほしい。」

と、今の私に直接伝えてくれることはありません。

もちろん、残された資料や時代背景から、後生の偉人たちが作曲家の思いや音楽を研究して、今の私たちに伝えてくれているものがあります。

そうした道しるべがあることには、感謝しかありません。

でも、最後にその音を出すのは、

今を生きている私自身です。

私がこれまで経験してきたこと。

今の自分が感じていること。

その音を聴いたときに浮かぶ景色。

心に残っている出来事。

そして、今の私が手に届く演奏技術でこなすこと。

そういうものも、私の演奏に入り込んでいきます。

 

正解と自由は、反対ではないのかもしれない

だから私は、

「正解か、自由か」

のどちらかを選ぶ必要はないのではないかと思っています。

まず、基本を学ぶ。

正解も知る。

その曲にふさわしい奏法も知る。

そして、そのうえで、

「私はどう感じる?」

「私はどこまで弾ける?」

と、自分自身にも耳を傾けてみる。

正解を知ったからこそ、

「私はこう弾いてみたい。」

というものが見えてくることもあるのではないでしょうか。

音楽は、音符だけでできているわけではありません。

音色や、音と音とのつながり。

音の強さや間。

そこに、自分が何を感じているのか。

自分は、どう弾くことを目標とするか。

そういうものが重なって、その人の音楽になっていくのだと思います。

  

だって、音だから

もし、私がその音を出して、

「この音、好きだな。」

「ここは、こんなふうに響かせたいな。」

と感じることができて、

その音によって、自分自身が癒されたり、誰かの気持ちが和らぐとしたら。

それは、もしかすると、作曲家や音楽の専門家が理想とする「仕上がり」とは少し違うかもしれません。

でも、そもそも音って、音楽になるずっと前から、人の暮らしの中にあったものですよね。

雨の音を聞いたり、雨を願って祈ったり。

神様に何かを伝えようと、音を鳴らしたり。

人は、太古の昔から、音を身近なものとして感じてきたのだと思います。

そして、そうした人と音との関わりの中から、少しずつ音楽が生まれていった歴史があります。

もちろん、当時の人が、その音をどんな気持ちで鳴らしていたのかまでは、今の私たちには分かりません。
もしかしたら、同じ場にいた人でも、感じ方はそれぞれ違っていたのかもしれません。

そう考えると、

今の私がその音をどう感じるのか。

その音を聴いて、心地よくなるのか。

気持ちが動くのか。

それもまた、音楽の大切な部分なのではないでしょうか。

音が人に与える力そのものに目を向けたとき、それは、作曲家が音に込めた魂にもつながっているのではないかと思うのです。

だって、音だから。

  

おわりに

私は、これからも学びたいと思っています。

知らないことを知りたい。

「こうだったのか!」という発見をしたい。

そして、学んだことを自分の中に取り込みながら、

最後は、自分が感じた音を、自分の音として届けられたら嬉しい。

これは、私自身がこれからも続けていきたい音楽との付き合い方です。

そしてレッスンでも、

必要な基礎を一緒に学びながら、

「あなたは、どんな音を出したい?」

「この音を弾いて、どう感じる?」

そんなこともおしゃべりしていけたらと思っています。

学ぶことも、自由に感じることも。
どちらも音楽の大切な楽しみ方です。

 

 

心も体も
元気が一番

音は、今のあなたのままで大丈夫だと教えてくれます。

無理に変えようとしなくても、
少しずつ整いながら、本来の響きに近づいていきます。

今の自分そのままを「OK」と思えること。
力を抜いて、安心していられること。

音楽やバイオリンの時間が、
そんなきっかけになれたら嬉しいです。

心も体も元気が一番。
あなたのペースで、大丈夫です。


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