はじめまして。
「自由なバイオリン弾き」のブログを書いている、ゆうです。
小さいころ、私は片道2時間かけてバイオリンのレッスンに通っていました。
その時間と経験が、今の私の音楽の原点になっています。
私がバイオリンを習い始めたのは、小学校に上がる前のこと。
父の意向で始めたレッスンでしたが、片道2時間ほどかけて電車とバスを乗り継ぎ、やっとレッスンの家にたどり着く毎日は、子どもにとって大冒険でした。
前日の夜、列車の途中で切り離しがあって別の方向に行ってしまったらどうしよう、と何時間も泣いたことも覚えています。
片道2時間のバイオリンレッスン
レッスンはテープレコーダーに録音してくるよう父から言われ、家ではそれをもとに父が私に繰り返し練習させます。
厳しいけれど、こうして基礎をしっかり積む環境だったからこそ、今でも演奏に役立つ力が身についたのだと思います。
私のバイオリンの先生
私の先生は、川又くみこ先生。
桐朋学園大学音楽学部を卒業され、北見隆昭氏や鷲見健彰氏に師事された本格派です。
日立交響楽団や茨城交響楽団でコンサートミストレスを務めたり、ソロでも室内楽でも活躍され、音大生を何人も育てていらっしゃる方です。
水戸でのレッスンのとき、先生が音大生だったのか、もう卒業されていたのかは定かではありません。
でも、グランドピアノのある洋間で教えてもらったり、奥の部屋のアップライトピアノや古いバイオリンを見ながら練習したりした時間は、今思うと誇らしく、ありがたい思い出です。
大学オーケストラで感じた音の世界
音楽の道ではありませんが、大学に入って間もなく、友だちの勧めでオーケストラの練習を見学したときのこと。
街の教会の中に足を踏み入れると、これまで聞いたことのないふわっとした響きに包まれ、思わず鳥肌が立ちました。
そして正直なところ、学生たちの腕を見て、「あれ?私でもいけるかも」と感じたのです。
その後、同じ大学の音楽科の先輩が紹介してくれたバイオリンレッスンのアルバイトや、地域での演奏依頼に応じたりと、どんどんバイオリンにのめり込む生活が始まりました。
小さい頃に、先生や父のサポートで身につけた基礎があったおかげで、大学オケでは初見もききやすく、合奏にもすぐ対応できました。
学業との両立が厳しく練習を休む学生がいる中、私はずっとオーケストラ活動を続けることができ、セカンドトップとして演奏する時間は、本当に楽しく充実していました。
まとめ
子どものころの長距離レッスン、厳しい指導、そして大学でのオーケストラ体験。
すべてが、今の私のバイオリン好きや音楽好きを形作ってくれました。
バイオリンを通して感じる音や体の感覚、そして演奏の喜びは、年齢や環境を問わず、誰にでも開かれたものです。
このブログでは、私とバイオリンのこと、音のこと、そして心や体で受け取っている感覚について日々感じていることを書いています。
ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
「自由なバイオリン弾き」という名前については、こちらの記事で書いています。
→ なぜ私は「自由なバイオリン弾き」という名前にしたのか